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2019年6月7日金曜日

『 #KuToo 』が女性差別?この問題が男女差別ではないと言い切れる理由

今、『 #KuToo 』が話題になっています。
『 #KuToo 』を簡単に説明しますと‥‥

ある女性が葬儀屋でバイトをしていたのですが、足が痛くて辛いパンプスを強要するのは『女性差別だ!』と言って問題にしているという話です。
※本人がそう言っているのか、周りがその方向で盛り上げているのかは分かりません。

この話、先日も記事を書きましたが、決して『女性差別』ではありません。

分かりやすくおそらく誰もが納得できる答えをお伝えしましょう。
だってこの問題、『男性がいなくても成立する』のですから。
あくまでこの世に『男性がいるから差別につなげられる』だけなのです。

この世が女性だけだとしても、この『足が痛くなるパンプスを強要される』という問題は起こりえます。
では何故起こりえるのでしょうか。
それは、その場その時にあった格好、相手に敬意を表す為の身なりなどが、文化や風習として存在してしまうからです。

私はスーツにネクタイという恰好が嫌です。
スーツを着るのは好きですが、ラフに着こなすのが好きなだけであり、きっちり着ると肩が凝って頭が痛くなります。
だからそもそも『サラリーマンにはなれないなぁ』と思っていましたし、実際会社勤めはした事がありません。
会社勤めをして、『スーツは嫌なんでTシャツにジーパンでいいですか?』と聞いても、おそらく駄目と言われるでしょう。
社会人としてふさわしい恰好として、誰が決めたのかそうなってしまっているからです。
今回の問題は此処にあるわけです。
決して差別ではないのです。

では何故こんなものが決められているのでしょうか。
変えてしまう事はできないのでしょうか。
これはそう簡単な問題ではありません。
それに、それなりに理由もあるからです。
例えば政治家に、ピンクのスーツなんかを来ている人がいますが、おそらく国民の中には『本当にこの人大丈夫?』なんて思う人がいると思うのです。
いくらクールビズだからといって、国賓を迎えるのにアロハで出迎える人もいないでしょう。
身なりから、ある程度自分に対する敬意が読み取れてしまうわけで、そう簡単に変えられるものでもないのです。
武士がチョンマゲを切るのも、凄く葛藤があったでしょう。
武士の誇りとして、あれだけ面倒な事を何百年も続けてきたわけですし、現代でも肌を晒す女性を『はしたない』と感じる国もあるわけです。

それに敬意を表すとなると、それはわざわざ『あなたの為にこんなに面倒で苦痛のある恰好をしているのです。あなたを歓迎しているのです!』と伝わらないといけないわけで、ある意味葬儀屋なんかだと苦痛のあるパンプスを選んでいると言っても『そういう理由か』と納得してしまったりもします。
別にそれが良いとも思わないし、この辺りの意識はものによっては変えていく必要があると私は思いますが、その代わりにどうやって相手に敬意を伝えるのか、新しい何かを見つける必要がありますね。

まあなんにしても、このパンプス問題は、決して差別問題ではありません。
TPOにあった、相手に対する敬意の伝わる身なりとはどんなものなのかって話ですよ。
そこに問題があるなら、どう変えていくのかって所ですね。
ハッキリ言って、これは法律で決められている問題ではないので、なかなか難しいです。
『葬式には黒の服を着ましょう』とか、『結婚式には白のネクタイをしましょう』なんて法律は無かったはずです。
これは、文化や伝統、風習やなんとなくそこにあるもので、簡単に決められるものでもないのです。
こういう時こそメディアの出番かもしれませんね。
『今、火葬場に行く時はジャージで行くのがトレンドです!!』とかやって扇動すればいいのです。
扇動に乗りやすいものなら乗る人もいるでしょうし、今ある見えないルールは、そうやってできてきたのでしょうから。

とりあえず、『苦痛を感じる服装をするのはどうなのか?』というテーマがでてきましたので、この機会にしっかり議論してみるのも良いかもですね。

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