秋華神社(サイト入口)はこちら

2019年6月15日土曜日

日本には性差別と言える差別はほとんどないが、女性蔑視発言が多いのは事実!その理由とは?!

日本には、性差別、特に女性差別と言われる差別はほとんどありません。
その理由は今まで色々な所で散々話していますし、先日もその一例を記事に書きました。

日本に性差別はほぼ無い事が確定!とあるアンケートがそれを証明してくれた!

しかし、「女性蔑視発言が多い!」という言葉を聞いた時、そういう言葉を発する男性を見る機会は確かに多いように感じます。
特に『女は黙ってろ!』とか、『女のくせに!』みたいな言葉はよく耳にする気がしますね。
※私の生活の中で実際に聞く事はほとんどないですが‥‥
いかにも『男性の方が上なのだから、下の女は口出しをするな!』という風に聞こえます。
そう考えるとやはり『女性差別』は多いのかもしれないと思い、もう一度考えてみる事にしました。

そもそも私は、元々超絶フェミニストであります。
子供の頃から、『女性の方が人間として圧倒的に優れている』と言ってきました。
まあそれが変ったのは、女性の本音を多く聞くようになってからでしょうか。
学校、そしてその後の職場が、圧倒的に女性の方が多い場所でした。
嫌でも女性の本音が耳に入ってくるし、目にしてしまうわけです。
結局、どっちもどっちだなって思ったわけです。
それで考えを改めて、今では『ややフェミ』くらいになりました。

とはいえ、『女性の方が優れている』という考えは今でも継続中です。
ただ、差別的意識という面でイーブンと感じただけで、人としての優劣を言うならば、やはり女性なのです。
生物学的に見ても、子供への愛情認知度と申しましょうか、そういうのが男性は欠けています。
子供を殺してしまう事が多いのは雄なのだそうです。
染色体で見ても、男性は劣ります。
男性は常に父親と同じY染色体をそのまま引き継いでしまうのに対し、女性のX染色体は進化するのだそうです。
だからいずれ男性(雄)は生まれなくなるのではないかという生物学者もいるようです。
私が感じる通り、男性よりも女性の方が優れている可能性は高いのです。
ぶっちゃけ、体力面以外で男性が女性に勝る所は無いと言えるかもしれません。
精神的安定という意味では男性の方があるかなと思う所もありますが、いざと言う時は女性の方が肝が据わっている気がしますし、男性としては『子供が産める女性』という所で、無意識に引け目を感じていたりもするのです。

実際に社会の中でも、女性の方が適応能力が高いです。
男性の方が優れている役割は、体力が必要なものだけです。
それ以外では女性の方が基本的に優れています。
それなのに今まで何故男性の方が仕事が多いのかと言えば、やはり体力面なんですよね。
生理などで体調を崩し、どうしても働けない時があるよりは、常に働けるという部分だけで男性が有利なのです。
或いは、女性にしかできない仕事ってのが多くて、だからそれ以外は男性にって部分もあります。
介護や看護などは、女性をみる以上、女性にしかできない場合があります。
また接客サービス業などでは、清潔感のある女性の方が良く、男女では売り上げに差が出る結果というのを私は実際に体験してきています。
町で表に出て働くのは女性、裏で働くのは男性という風になるのも、それは仕方のない所ではないでしょうか。

そして生物学的に見ても、子育ては女性の方が優れています。
自分の子供への愛情がどうしても薄い男性は、思い入れも少なくなりがちです。
もちろん人間は他の動物とは違って理性というものがありますから、できない事はありません。
あくまでどちらが向いているかという話です。
そしてそれを望むのも、女性の方が圧倒的に多いわけです。
女性は子供の頃から、将来の夢を『お嫁さん』と感じる人が多いです。
子供が欲しいという気持ちも大きいように思います。
結婚後は『専業主婦になりたい』という人も半数以上いるのではないでしょうか。
仮に半数だとして、社会に出て働きたいと思う女性は半数しかいないわけです。
となるとここで、現在の男女雇用機会均等法を見ると、おかしな部分が見つけられます。
男女同じ数だけ採用しようなどという風になると、女性の半分は働かないわけですから、もしも会社が確実に半々を守ってしまうと、男性の半分が職に就けない事になってしまうわけです。
そのあぶれた男性はどうするのでしょうか。
やりたくもない安い給料の仕事をする事になり、この辺りが未婚男性の増加に繋がっているようにも思われます。

ハッキリと言いましょう。
男女が能力によってまともに評価され職を奪い合ったら、男性は負けるのです。
そんなにハッキリとした能力差が出るわけではないですが、女性は働きたい人だけが働きに出てくるわけです。
しかし男性は、乗り気でないにも関わらず、男だから仕方なく働きに出る人も大勢いるわけです。
平均したら、男性は女性に勝てないです。
平等なルールでやったら、当然社会は成り立たなくなります。
だから男性は、唯一勝てる体力面をアピールして、その平等である意味不平等なルールをバランスのとれたものにしようとし、そしてそれが女性蔑視の言葉となるのではないでしょうか。
劣っている事を自覚しているからこそ、出てこざるを得ない言葉なのです。
そうしないと、社会のバランスが取れないわけです。

ハンデですよ。
男性にハンデを与えないと、世の中のバランスって取れないんですね。
でもそれは、お互いが求め、お互いが幸せになる為のものですから、決して不平等なものではありません。
それぞれが幸せになれる適材適所に導く為のものなのです。
それを差別と言って否定する事は、一番お互いが幸せになれるバランスを崩す事になるわけで、それが果たして差別にあたるのかという事です。
しっかりとした理由がある差別は差別とは言いません。
区別です。
言葉の意味としては差別とも言えますが、差別という言葉をあえて使うのなら、『良い差別』と『悪い差別』です。
今の世界は、良い差別まで否定しているように思います。
まあ確かに『女のくせに!』みたいな事を言われれば腹も立つでしょうが、男は女性に勝てる部分が力しかない事を無意識に自覚しているのだと思います。
私はそういう言い方は決して肯定はしませんが、社会の安定の為に、差別批判ではなく単なる暴言として否定してくれる事を望みます。

日本に性差別はほとんどありません。
あるのは、男性による女性に対する妬みからくる暴言なんですね。
アホとかボケとかカスとか、そういう言葉と一緒と捉えてくれると、良い社会になるのではないかと私は思います。

ちなみに、女性が『男のくせに!』とか『男は引っ込んでろ!』なんていう事もありますよ。
それは妬みからではないですが、まあそれは良しとしますかね。
男にしっかりとしてほしいという思いだったりしますし、うん、結局どっちもどっちなんですけれどね。{笑}

0 件のコメント :

コメントを投稿


サイト利用規約※説明や注意事項※  秋華神社エントランス