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2019年6月11日火曜日

自分で自分のロジックを論破していくスタイル!{笑}この世に絶対はない!『 #KuToo 』運動の葬儀屋バイトのパンプス強要が女性差別ではないという話

この世に絶対はありません。
「それは絶対か?」と聞かれたら、ちょっと困ってしまいます。
そんな時はこう答えるのです。

『この世に絶対な事は、「これ以外絶対はあり得ないという事だ」』

まあそんなわけで、先日から続けて考えてきた『#KuToo運動』のそもそもの話、『葬儀屋バイトでパンプス強要』に関して話してきましたが、私の意見も絶対に正しいとは言い切れないのです。
よって論破していきましょう。{笑}

私はこの問題、女性差別問題では絶対にないと言ってきました。
しかし当然ですが、絶対ではありません。
99.9%違いますが、少しは女性差別の可能性もあるのです。
それをご説明しましょう。

まず、何かが起これば何かが起こる、原因が有れば結果があります。
私はこの考えに基づき、『行き過ぎた差別批判問題!『 #KuToo 』から女性差別批判が限界突破!!』などと言う記事を書いてきました。
簡単に言うと、原因が有れば結果が出るわけで、原因も無いのに結果が出る事はあり得ないというロジックです。
性差別は、区別する対象(女性差別では男性という区別対象)があってこそ起こる問題であるから、区別する要素が無ければ起こりえない問題なのです。
しかし葬儀屋問題は、区別する要素が無くてもほぼ起こりえたわけで、だから性差別ではないと言ってきました。

原因があれば結果があります。
しかし、その結果が出たら、その原因があったとは言い切れません。
何故なら、その結果になる原因というのは、1つとは限らないからです。
例えば冷蔵庫にアイスクリームを入れていたのに溶けてしまいました。
その原因は、冷蔵庫のコンセントが抜けていたので、それだと思われました。
しかしアイスクリームが溶けていたのは、冷蔵庫のコンセントが抜けていたからだと断言する事はできません。
何故なら他にも原因となりうるものがあるからです。
コンセントを入れてみても、冷蔵庫は動きませんでした。
故障していたのです。
それを知った人が、コンセントを抜いていたのでした。
今回の性差別ロジックは、このような場合の『コンセントが抜けていたからだ』が『女性を差別していたからだ』に当たるわけで、それを解消しても冷蔵庫が動かない結果を示し、私は『女性差別ではない』と断言したわけです。

しかしコンセントが抜けていた事が原因で、アイスクリームが溶けるという結果が出る事もあります。
となると、冷蔵庫が壊れていたというのと、コンセントが抜けていたという2つが同時に起こる事もあり得るわけです。
コンセントが抜けた事が原因で冷蔵庫が壊れたという場合も考えられます。
つまり、差別が原因でパンプスを履く習慣ができた可能性なんかも考えられるのです。
或いは、原因とは主となる要因の事ですが、別にある要因として存在する場合もあります。

ただ、差別意識によってパンプスを強制したい気持ちが無かった事を証明する事はできません。
だから可能性がゼロではないのですが、無かった事を証明する事は悪魔の証明と言って普通証明できるものでもないし、証明する必要もありません。
今回のこの運動で『女性差別』を訴えるのなら、葬儀屋に『女性差別意識があった事を証明』する等の必要があります。
それがないのに『女性差別』を訴えたら、それは冤罪をでっちあげるようなものです。

そんなわけで、今回のこの問題に関して、これが女性差別である可能性はほぼゼロにも関わらず、何の証拠もないのに『女性差別』を訴える事は、無実の人を犯人にでっちあげるようなものですので、止めた方がいいですね。
女性差別の可能性はゼロではないので、どうしてもそこを訴えたいなら、差別意識があったこと等を証明する必要があります。
でないと逆差別にもなり得ますよ。

ついでにもう一つ自分論破しておきましょうか。{笑}

意地悪な質問ですね。
だれがこんな質問をしたのでしょうか‥‥

『男性も女性と同じくパンプスを履けばオッケーなのか?』

この質問は、騙しの手口と言いましょうか、一見男女の差を無くせば差別ではないので、この問題が差別なら納得できるはずだと錯覚してしまいます。
でも実はこれ、差の部分を取り払い、『パンプスを履かせるのが不当かどうか』という質問をしているだけなので、当然納得できるわけがないのです。
差別じゃなくても人を不当に扱う事は可能なのです。
差別というのは、区別を理由に、或いは理由なく、不当に差を付ける事です。
私が男女差別ではない事を証明した方法は、性差別は区別を理由にしている事から、『区別を理由に不当に差を付ける』という部分の、区別を無くす事で、差も不当も無くなるはずだというロジックです。
しかし不当な状態は残ったままなので、これは基本性差別ではないと言えます。
上記に示した通り、ゼロではありませんよ。
形としては性差別が有った場合と同じですし、原因の原因や、要因としての可能性は残るのです。
今回の質問は、差を無くせば不当な扱いは無くなるのかと言えば、そうではないですよね。
例えに出した通り、どっちも不当に扱う事だってできるのですから。
この質問の意地悪なのは、オッケーと答えたら一見差別を確定できるように見えますが、その場合この行為が不当でないという事になります。
『不当』な差を付けなければ差別ではないので、当然差別ではないし、問題ですらないという話になります。
ノーと言えば、これは不当だとなりますが、一見差別を否定しているように感じます。
答えづらい意地悪な質問ですね。
すみませんこんな意地悪な質問をして。
ちなみにオッケーの場合、一緒なら我慢できるとか言う場合もありますが、それはそれで平等主義が行き過ぎている可能性があるので、 自分を見つめ直した方がいいでしょう。

さてまとめとしては‥‥
社会の風潮や習慣が原因で、パンプス強要という問題が生まれました。
性差別によっても、このようなパンプス強要という問題が生まれる可能性はあります。
しかし今回の件は、上記が原因の可能性が圧倒的に高いにも関わらず、性差別を訴える人がいます。
可能性はゼロではありませんが、証拠も無いし、それを非難するには問題があるでしょう。

はい、そんなわけで、突っ込まれる前に先回りして、自分で自分のロジックを論破し、更に反論しておきました。{笑}

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