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2019年6月24日月曜日

差別を法律で規制してはいけない理由 行為規範は道徳やモラルの問題です!

日本国憲法には、平等なんて文字が書かれています。
しかし一体平等ってなんでしょうか。
全てが平等の世界なんてものは、そもそも実現不可能ですよね。
人は生まれも育ちも何もかもが違うわけで、社会には沢山の役割もあるわけで、全てを同じにする事なんて不可能なわけです。
おそらくそんな事は誰もが理解していて、みんながある程度の所で納得してるのが今の世の中ではないでしょうか。
ただそれでも中には不当に差を付ける人はいますし、それに対して文句を言う人はいるわけで、それはそれで対応が必要なのでしょう。
だからまあ憲法にも書かれていて、それを守れという人がいるのは分かりますが、『では具体的に』と言ったところで、個別の事案を一つずつ解決していくしか方法がありません。
何故なら、平等の定義はとても曖昧で、誰もが平等と納得するようなものはほとんどないのですから。
人々が納得できる平等とは、つまり差別の無い世界となります。 
差別を定義できれば或いはと思いますが、差別も同様に定義が難しいですね。

ドイツやアメリカでは、平等や差別なんかの行為規範と呼ばれるものは、憲法裁判所や裁判所で一々判断を決めているようです。
日本ではそういう所がなく、おそらくは内閣法制局が独断で決める事になっていると思われます。
でもそれって、憲法に関しては内閣法制局が絶対的な権力を握っていると言えるわけで、権力が集中しているのはおかしいですよね。
だから今『憲法裁判所を作ろう』なんて話もでているわけですが、個人的には反対です。
何故なら、誰が裁判をするのかという問題もありますし、おそらく平等に関しては完璧な定義は難しいですからね。
一番良い対処方法は、憲法から行為規範を全て無くすのが良いと思うのですが、まあ憲法改正自体難しい今の日本では、流石にそこまでは無理なんでしょう。
だからもうとりあえずは今のまま、放っておくのが良いのかなと諦めています。
曖昧が故に、なんでもかんでも『平等がぁ~差別がぁ~』と問題にしてしまう人がいますが、とりあえずそれでどうこうなるわけでもなく、それが一番マシなのかなと思う次第であります。

さてしかし、そんな憲法のデメリットとして、行為規範を法整備化したいと思っている人がいるようなのです。
といっても、『差別をしてはいけない』なんて法律を作る所までは言っていませんけれどね。
近いのはありますが。
ただ、今後そのような声が上がる可能性があるとみて、先にそれは「やってはいけない」という話をしようかと思ったわけです。
既に憲法では問題があると言ったわけで、当然同じ理由で法律でも駄目だというのはすぐに分かると思います。
例えば『差別をしない』という法律を作ったとして、定義をどうするのでしょうか。
私はある程度過去記事に定義をまとめて書いておりますが、 それがそのまま受け入れられたとしても、最後は結局人々の価値観で『差別の理由』が判断される事になります。
こういう行為規範を法律にした例は過去にありますが、例えば代表的なセクハラにしても、最終的には結果判断が主です。
セクハラによってどういう被害を受けたのか、結果から判断されます。
行為ではなく、結果なんですよね。
だからセクハラを規制する必要は概ね無くて、結果を規制すればいいだけなのです。
まあなんとなくセクハラって入れておけば人々が納得するだろう的なもので、概ねセクハラ要素で規制できるのは僅かだと思います。
それよりも、これによるデメリットの方が私は大きいと考えます。
特に差別は、結果を見れば何でも差別と批判できるので厄介です。
平等にくじ引きで決めた結果でも、自ら進んでやった事さえも、結果から判断すれば差別と言えます。
裁判でちゃんとした判決が出るにしても、『差別と言う』事ができてしまうのです。
私の差別定義が採用されていればその辺りは問題が減りますが、それでも曖昧な判断を強いられる事に間違いはありません。
人々の価値観によって変わってしまうよく分からないものは、結局どうなるかと言えば、行為ももちろん加味しますが、結果で判断するしかないのです。
差別とかではなく判断するという事です。
差別を法律で規制するメリットはまるでありません。
なのに実はデメリットはあります。
なんでも差別として批判できるという事は、ちょっといざこざが有れば、誰でも金さえあれば簡単に訴えて嫌がらせする事ができてしまうのです。
それはどういう事かというと、金持ちは貧乏人を無条件で黙らせる事ができるという事です。
何かあったら、金持ちは『差別だ!訴えてやる!』と言えるわけです。
今でももちろんそのような部分はあります。
名誉棄損、侮辱、この辺りは結構分かりづらいですね。
でもそれ以上にもっと分かりづらいのが差別です。
もしもこの法律ができてしまったら、ネットSNSでは『訴えてやる!』の数が大きく増える事になるでしょう。
それは金持ち権力者が国民の声を黙らせることにも使えるわけです。
そんな法律が良い訳がありませんよね。
だから差別は法律で規制してはいけないのです。

ちなみにセクハラなんかは、状況が職場に限定されているので、とりあえずネットで言論封殺には使われていません。
でもおそらく職場では、『コミュニケーションがとりづらい』などの問題はあるんでしょうね。
相手の気持ちなんて本当の所は分かりませんから、喋らないのが一番いいとなってしまいます。
まあでも『そういうのは止めてほしい』という声があれば止めればいいという所もあり、とりあえず今の所はそれなりには機能している所もあるのでしょうか。
これで今まで嫌な思いをしていた人が上司に『言いやすくなった』という結果が出ているのなら、あって良かった法律になるのかもしれません。

差別のような行為規範は、道徳やモラルの問題です。
学校の授業でしっかり教育するのが対応策なのです。
今は、問題だと思われる結果を個別に規制するしかありません。

そんなわけで、『差別禁止』なんて法律を作ろうなんて考えないでほしいですね。
権力者金持ちが喜ぶだけですよ。

ちなみにヘイトスピーチの規制も私は大反対しました。
現に言論の自由は必要以上に抑え込まれつつあります。
別に言っても良いとは言いませんが、これも道徳やモラルの問題です。
学校でしっかり教育すればいいのです。
その結果、それが名誉棄損や侮辱に当たれば法律で取り締まればいいのです。
政治家はもう少しよく考えて法整備してほしいと思います。

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