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2018年4月18日水曜日

どうしてみんな左だ右だとこう極端なのだろうかと思い続けて‥‥あたり前だけれどそうならざるを得ないんですね。

最初に、全く関係のない話からさせていただきます。
本日歩いていると、足元で違和感を感じました。
すぐに見てみると、どうやら犬のウンコを蹴ってしまったようでした。{汗}
『だれだよ!』と思いましたが、幸い踏んだ感じは無かったのでホッとしていました。
しかしその後なんだか臭いと思い靴の裏を確認すると、ちゃっかり全力で踏んでいました。
本当に、本当に犬のウンコはちゃんと持って帰ってください。{泣}

では本題です。

政治や歴史を勉強し始めた頃、『どうしてこう人々は極端なのか?』と疑問に思いました。
私は別に左派でも右派でもないと思っているのですが、ある人からは左翼だと言われ、別の人からは右翼と言われ、訳が分かりません。
まあ左端から見れば他は全て右翼であり逆も然りなわけですが、そういうのとは少し違う気がします。

私は脱原発派であり、世界は一つでみんな世界市民というのには賛成しています。
だから左翼だと言われるわけです。
しかし急に脱原発を行うのは問題があるし、徐々に方法を考えてやるべきだとも思うわけで、そうすると今度は右翼扱いです。
世界の統一も、文化や価値観の違いがまだまだあり、急には無理だと言うとこれもまた右翼になるようなのです。
これらは単なるレッテル貼りだとは思うのですが、どうしてどちらかの思想を持つ人というのは、こうも極端なのでしょうか。

その理由が、あたり前の事なのですがようやく分かりました。{苦笑}

戦前日本は、『鬼畜米英』と叫び、戦争に突入していきました。
しかしおそらく内心ではそうは思っていない人も大勢いたでしょう。
でもそれが声として表に出てこなかったのは、今を見れば分かると思います。
マスコミは常にどちらかに偏っていて、なんとなく言えない雰囲気がありますよね。
人権を大切に、差別は駄目だ、平和で自由な世界を、と言えば確かにそれは正しく、そう思わない所があっても否定しにくいです。
世間にはそういう空気があるのです。
それでも、幸い今はインターネットがあるので、その本心を表に出していく事ができます。
だから戦後の世界に対して「No」を言える人が出てきて、今世界は大きな転換点を迎えているわけです。

それにしても今まで、インターネットが無かったにせよ、どうしてこの方向性に対して何も対応ができなかったのでしょうか。
どうしてそんな空気が生まれ、その偏った方向に突き進んできたのでしょうか。
おそらく途中、丁度いいところがあたはずなのに、 きっと気が付いていた人は大勢いたでしょうに。

その理由は、その世界で既得権が生まれ、みんな己が利益を追求してしまっているからだと気が付きました。

戦後、我々はGHQの方針で人権、平等、平和、自由という方向で国家運営をしてきました。
するとそこには、その方針にそって利益を獲得する人がでてきて、既得権ができ、それがドンドン大きくなってきたわけです。
するとその既得権を持つ人は、もうそちらにまっしぐらに進むしかなくなるわけです。
それが行き過ぎた間違いになってしまった場合であっても、自分の利益を考えると、その間違いが正しい事になるのです。
そうして日本は、左に左に進む中で、丁度いい位置を通り過ぎ、すっかり極端な考えをするおかしな人が大勢いる社会となっていたのです。

戦前は悪いヤツは叩く、日本人は絶対に守るという正義の中、そういう国にまっしぐらだったんですね。
その正義に反する事は言いにくく、その正義の中で社会が構築され、その中で上手くやっていく術を国民が持ち、その方向性を変える事は、多くの国民の不利益となっていったわけです。
結果を見れば違ったと言わざるを得ないのですが、もう右に進む為の歯車として、国民が構築されてしまっていたのですね。

今はと言いますと、左に進む為にあらゆるものが構築されてしまっています。
かなり行き過ぎていると気が付いていた人も大勢いたでしょうが、自分がもう既にその歯車の一つになっていて、今さら方向転換が難しいのです。
中には左に進む歯車にがんじがらめになっている人もいるでしょう。
そんな人は、生きる為に尚も左に進むしかないのです。

つまり、世の中バランスがとれないと、極端な思想は更にドンドン極端にならざるを得ないのです。
そして間違いが声となって表に出てくる頃には、かなり極端な世の中になっていて、戻すにもその幅は大きく、どちらも極端になってしまうのです。
幸い今は、確かに左に寄り過ぎたとは言え、まだ許容範囲内です。
だから左側の人の意見は頑なに極端ですが、戻す方は大きく戻すべきだという人もいれば、少しずつ戻していこうという人もいるのです。

どうして人は極端な方向に進もうとするのでしょうか。
それは、ある方向に向かって進んでいた世界が、既得権や生活を作ってしまっていて、それが間違いのエリアに入っていても、 それを認めたら既得権や生活を失ってしまうから、更に間違った方向に進もうとせざるを得ないんですね。

今、国家国民の為と考えれば、明らかに極端でおかしな事を言っている人が大勢います。
それは、今までの世界がつくりあげてきた既得権なりを失いたくないから言うしかないのです。
もうゴールをして逆に離れていっていると分かっていても、左に進む担当として力を大きくしてきた人は、それが辞められないのです。

そう考えると、人はバランスをとっていくのが苦手なのかもですね。
それでもなんとか手を尽くしてバランスはとっていかなければなりません。
中国は、皇帝の誕生と打倒を繰り返しバランスをとってきたのでしょうか。
日本は世界の中でも早い段階で気が付いて、安倍政権が誕生しましたね。
その前には、プーチン、習近平がでてきていました。
後にはトランプやメイ、蔡や金正恩によって、世界は大きく方向転換しようとしています。
行き過ぎてしまってからの方向転換なので、民主主義国家は抵抗勢力に悩まされていますが、果たしてうまくやれるのでしょうか。

なんだか上手く伝わりそうにない文章になってしまいましたが、言いたい事は伝わったかと思います。
ある方向に進む世界が人々に色々な利益権力を与えてしまっているので、そこで美味しい思いをした人は、もうその方向以外には行きたくないんですね。
だから言っている事が極端に外れた事になるのです。

今は戻る時です。
多くの人がそう思っています。
だからなんとかうまく、方向転換したいですね。
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