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2019年12月24日火曜日

知らす(シラス)と領く(ウシハク)について この考えが世界に広がれば平和になる

私は以前、軽くシラスとウシハクについて書いた事があります。

シラスとウシハクについて!これを知って腑に落ちた!現在の日本の状況! 

以前は別の視点から書きましたが、今回はシラスとウシハクについて書きたいと思います。

シラスは漢字で『知らす』、ウシハクは漢字で『領く』と書くようです。
ウシハクのウシは『主』の意味があるようですね。
印象だけで漢字をあてるのなら『主迫』辺りがシックリくる感じでしょうか。
主が領有するという意味ですが、正にその地も人も在るモノ全てが物といった感じです。

一方シラスは、言葉の通り知らせる事が主で、「私がここを統治します」と知らせ、そして民の心、想い、不満や問題点などを主に知らせみんなで何とかする、今の民主主義に近い形となります。
日本は既に古事記が書かれた時代以前より、『君民共治』という形ができていたのです。
それは天皇皇室があり、国民と共に日本を統治するという形です。

初めは直接天皇が統治してきました。
天皇が国民の事を知り、そして対応していたのです。
『仁徳天皇の「民のかまど」』の話は有名ですね。
かまどから煙がたっていないのを見て、仁徳天皇は民が苦しんでいる事を知りました。
そして税金を無くしたわけです。
たしか最初は3年、それでも足りないと6年無税にしたかと思います。
最後は屋敷もボロボロになり、逆に民の方から「税金を取ってくれ」と言ったといいます。
正に『君民共治』、天皇と国民が一体となっていたのでした。

そこから力の有る者が台頭し、今度は天皇が権力をその武士に与えて統治させるという形になっていきます。
能力のあるものに統治を任せ、天皇は『シラス』に専念したのです。
天皇が知り、それを幕府に知らせ、統治する形です。

天皇にとって国民は大御宝(おおみたから)であり、最も大切なものです。
天皇にとって国民の幸せこそが自分の幸せでもあるのです。
そして国民にとって天皇は大御心です。
天皇の心は正に国民の想いなのです。
国民を知り尽くした天皇が、国民の代弁者となり幕府に伝え、それを統治に反映させるという形になるわけです。
これは戦前まで続く事になります。

ただ、明治からは少し違います。
幕府の場合は、世襲制だったので能力の無い者に統治を任せるという事が起こりました。
江戸時代は確かに平和で、経済や文化が大きく花開きましたが、国防という面ではかなり駄目になっていました。
そこで取り入れられたのが、文明国のルールでもある民主主義です。
代表を国民が選び、その選ばれた能力の高いであろう人に天皇が権力を与えるという形です。
国民の気持ちを天皇が知り、それを代表である総理大臣に伝え、総理大臣がそれを政治に反映するという形ができました。
残念ながら、この形は戦前までしか続きませんでした。
素晴らしい形でしたが、民主主義が成熟する前に戦争に負け、今の形を押し付けられる事になったのです。

現在は、天皇が知らせる相手は、総理大臣ではなく、『神様』だけとなってしまったのです。
天皇の仕事の主は、『祈る』事ですね。
国民を知り、ただそれを神に伝えるだけとなってしまったのです。
だから現在では、政治家が方向を見失う事も増えたのではないでしょうか。
不完全な形になってしまったんですね。

三権分立と言いますが、これもある意味形を変えた三権分立だったのかもしれません。
国民の想いを権威ある天皇が知り、それを権力と共に選ばれた能力のある代表に渡し、そして代表が国民の想いを実現する。
これがシラス国の完全体ですね。
ウシハクのように統治する側とされる側に分かれた世界ではないのです。
今はどちらかというとウシハクに近いです。
何故なら、国民の想いは国民自ら政治家に伝えるわけで、どうしても対立関係になりやすいです。
国民の想いも千差万別で、どうしても偏った政治にならざるを得ません。
もしも天皇が知り、それを政治家が反映する形がしっかりと確立できれば、政治の腐敗も起こらないかもしれませんね。

もう一度いいます。
ウシハクとは領有する側とされる側があり、どういう形にしろ主の考えで導く国です。
シラスは、主がいて、一心同体である国民がいて、国民の代表に主が権力を渡して国民の幸せの為に統治させる国です。
さて、どちらが良いでしょうか。
世界は主にウシハクの考えが強いですが、日本はずっとシラスでした。
このシラスが世界に伝わった時、世界は平和になる気がするのは私だけでしょうか。

とりあえずは、日本ももう一度シラス国に戻したいと私は思います。

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