秋華神社(サイト入口)はこちら

2019年5月31日金曜日

その失言、本当に失言?政治家を責めるだけでは国家国民の繁栄はない!

某政治家が、『子供を3人産んで欲しい』という発言をしました。
するとそれを叩く人が大勢いるようです。
叩く内容は色々ありますが、主に聞こえてくるのは、『子供が産めない人の事を考えろ』というものと、『子供が産みやすい環境を作る方が先だろ』という2つです。
私はこれ、どちらも正しいとは思いますが、しかしどちらも間違えていると思うのです。

私も昔、こういった批判をする側の人間でした。
実は私の友人に、子供が産めない女性がいて、こういう発言をする政治家を兎に角嫌っていました。
その友人は、友人とのお茶の途中、子供の話になると黙って席を立ちトイレに行くような、それほど辛い思いをしている人でした。
だから私は安易に『子供を産んで欲しい』などというような政治家は嫌っていましたし、当然その友人の前で子供の話をするのは控えていました。
その頃の私なら、きっとこんな発言をする政治家を責めていたでしょう。
そしてその頃の私は、馬鹿でした。
政治がどれほど難しく、世界がどういう状況にあるかを知らなかったのです。
そして日本という国がどういう国かも知りませんでした。
あの頃の私なら、きっと『子供が産みやすい環境を作れよ!』って言っていた事でしょう。
もちろんこれに関しては今でも言いますが、無理な事を言うつもりはないですし、何よりそれを理由に政治家のお願いを批判する事はありません。
何故なら、少子高齢化というのは、国民が一丸となって取り組まなければならない問題だからです。
国民も努力しなければならない、政治の力だけで解決できる問題ではないからです。

それでも、批判したくなる気持ちも分かりますし、言われて傷つく人がいるのも知っています。
だからといって、政治家からのお願いすら批判していては、問題を更に解決の難しいものにしてしまうのではないでしょうか。
政治家だけで解決できない問題があれば、そりゃ国民に協力をお願いする事だってありますよ。
議論するには、多少問題と思われる発言だってしますよ。
本音で語り合わないと、本当の意味で解決なんてできないのですから。

よくこんな声を耳にします。
『国会でしっかり議論しろよ!』
でもこれ、できるわけがないじゃないですか。
少し失言したくらいで、或いは誰かが傷つくからとか、差別だとか、配慮が足りないなんて責められるわけですよ。
そんな状況でまともな議論なんてできません。
だから結局、国会の場では当たり障りのないプロレスをするしかなくなるわけです。
野党やメディアが失言批判を煽るのも良くないですよね。
それが本当に国益を損なう失言ならともかく、差別だとか配慮が足りないだとか、そういう批判はするべきではないのです。
だいたい、誰も傷つかない絶対的な言葉なんてありません。
何を言っても誰かが傷つく可能性はあるのです。
それが言葉です。
極端な事を言えば『今日はいい天気だなぁ』と言っただけで傷つく人はいるかもしれないのです。
最愛の人が死ぬ間際『今日はいい天気だなぁ』と言って亡くなったとしましょう。
その人はこの言葉を聞くと思い出してしまい辛い気持ちになるのです。
だったらそれは言ってはいけない言葉なのでしょうか。
もちろんその人の事を知っていいれば、その人の前では言わないという選択肢になるでしょう。
でも政治家が国民に向けて、或いは国会の議論の場で喋るのに、そこまで配慮はできません。
ある程度予想して配慮する事はできますよ。
でも、『子供を3人産んで欲しい』という言葉、どう配慮するのですか。
どう伝えるのでしょうか。
『男性女性共に、子供が産める環境の人は、子供を3人は産んで欲しい』
こう言った所で、傷つく人は傷つきます。
それでも言って伝えなければならない事なのです。
政治だけではなかなか解決が難しい問題ですよ。
政治家が絶対権力者で、世界が日本だけなら可能かもしれませんよ。
でも、日本は世界の中で色々拘束され、悪いヤツもいるからまず国防の事も考えないといけないし、なかなか難しいのです。

民主主義国家は、政府と国民が協力して国を運営していくわけです。
国民は政治に文句は言うけれど、政治家は国民にお願いもできないのでしょうか。
絶対権力者なら、子供を3人以上産まないといけない法律を作ればいいのです。
できないヤツは納税額を倍にすればいいのです。
それで問題解決ですよ。
でも民主主義国家は、国民も国家の為に自ら進んで協力するから、それが必要ないはずなのです。

『女性は子供を産む機械』だとか、そういう問題発言は責めてもいいですよ。
それは失言です。
思う事自体私はどうかと思いますが、少なくとも言って良い事だとは思いません。
でも、少子高齢化が深刻な問題となっている今、『子供を3人産んで欲しい』というのは失言ですかね。
これを失言だと言って責める人が大勢いるようなら、日本の政治は良くならないし、問題も解決は難しいと、私は思います。

※※追記※※

私の友人に、男手一つで、或いは女手一つで二人の子供を育てている人がいます。
特に収入が多いわけではなく、男性の方はアルバイトで頑張っていますよ。
夫婦そろっていたら、頑張れば3人くらいなんとかなるのです。
やれないのではなく、やりたくないだけです。
まあやりたくない事を無理にやらせるのも違うとは思いますが、それが国家国民、そして子供達の未来の為だとしても無理ですか?
知ったこっちゃないというのなら、この問題に関しては何も言えません。
ただ、もしも未来の子供達の事を思うのなら、こんな事で批判するのは止めて、自分にできる事を頑張ってくれたらないと思います。

0 件のコメント :

コメントを投稿


サイト利用規約※説明や注意事項※  秋華神社エントランス