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2020年1月26日日曜日

伝統文化を大切にする理由!憲法を守ればそうせざるを得ない!法律を少なくするのは政府の義務!

今回は、何故伝統文化を大切にする必要があるのかという話です。

普通に考えても、伝統文化は大切にした方が良いと感じますよね。
でも、いざ説明となると難しい所もあります。
ご先祖様が守り伝えてきたものだから、と言えば説得力はありますが、じゃあ何時からが伝統文化で、最近決まった事は伝統文化ではないのか、等、定義等に疑問も出てきます。
そこで今回は、伝統文化の定義も含め、その大切さをお伝えしようと思った次第であります。

まずは憲法から少し考えたいと思います。
今の憲法典では、平和、人権、平等、自由といったものが大切だとされています。
こんなものを憲法典にわざわざ書くべきかとは思いますが、国家運営にあたってこれらを大切にする事は間違いではないし、『あたり前』の事だと誰もが思っているのではないでしょうか。
あたり前の事というのは、わざわざ憲法典に書くまでもなく、日本の憲法としては最初から決まっているわけで、だからわざわざ書く必要もないわけですが、まあ一応確認の為に書いてあると考えられるわけです。
しかしわざわざ書いてあるから、その解釈に差が出て、『どこまでが求められるのか』という面で問題がでてきています。
やればやるほど上を目指す事になるわけで、実は際限がありません。

だから憲法典には書かない方が良いあたり前の事となるわけですが、これは法律でも同じだという事は想像できると思います。

これらの解釈は、単純に考えるべきです。
まず人権から説明しますが、人権は、生命財産が脅かされない、平等で自由な生活が享受できるという事です。
だから、人権とは、他の3つ『平和』、『平等』、『自由』を足したものとなるわけです。

続いて平和ですが、これは国民の生命財産を守るという事で、皇室、軍隊、外交、経済、警察、法律によって守ります。
この辺りをしっかりとしていきますよという話です。
皇室は日本を形成する中心であり、あらゆる所に影響がありますから、萬世一系の天皇を守らなければならないのは、普通の人なら分かると思います。
全てに大きな影響力がありますね。
軍隊は当然国民を守る要ですし、外交も必要でしょう。
経済は全てを支える基盤ですし、警察は国内の治安を守ります。
そして全てのルールとして法律はなくてはなりません。

次に平等ですが、これは『公平』と置き換えるべきですね。
生まれながらに人は同じではないわけで、人の幸せも同じではありません。
もしも完全な平等を考えるのなら、産まれた時に皆同じ顔形に改造手術を行い、くじ引きで仕事や結婚相手を決める事になってしまいます。
そんなものは幸せでも何でもありませんから、常識で考えればわかりますね。
『公平なルールを作る事』が平等という事です。

さてしかし自由を考えると、平等とは反する事になります。
公平なルールであっても、ルールを作れば作るほど、自由は失われていきます。
法律によって規制の多い今の日本では、『自由』に仕事をする事も難しいのです。
平等に重きを置き過ぎて、自由がおろそかにされているわけですね。
憲法を正しく守ろうと思えば、『いかに少ない法律で安全や公平を担保するか』という事が大切になってくるわけです。

こう考えると、『いかに少ない法律で国家運営をするか』という事が大切なのが分かると思います。
それができる政府こそが求められ、それができる政治家が有能であると言えるでしょう。

ではどうやって法律を減らせばいいのでしょうか。
憲法の所で言った通り、あたり前の事というのはルールに書く必要がありません。
何故なら、書いていなくてもみんな守るからです。
書いていなくても、書いてあるのと同じ事だからです。
まあそうは言っても破る人がゼロにはならないでしょう。
だから当然重要な所は必要です。
たとえば殺人に対する対応なんかですね。
殺人をしてはいけないなんてあたり前の事ですが、どうしても悪い人はいるのです。
どうしても法整備しなくてはならないものもあるわけです。
それを見極めながら、あたり前を重視して法を整備する事で、法律を減らしていけるというわけです。

あたり前の事とはなんでしょうか。
先にも言った通り、伝統文化の事です。

つまり伝統文化を大切にして法整備をする事で、法律を減らしていく事が大切なのです。

では此処で一つの法律を考えましょう。
最近言われている『選択的夫婦別姓』についてです。
家族制度というのは、日本の伝統文化にそって、あたり前の事をただ『確認』の為だけに法整備しています。
とても大切ですし、名前のルールを定めないわけにもいきませんからね。
今の法は日本ではあたり前で、ほとんどの人が疑問を持たないものです。
好き嫌いはあるかもしれませんが、それがあたり前です。

さてここで無駄な法律を付け加え、『選択的夫婦別姓』を導入したらどうなるでしょうか。
あたり前の事に『わざわざ疑問を与える』事になってしまいます。
例えば男性はあたり前に自分の家に入ってくれるものだと思って女性と付き合います。
しかし別の価値観をわざわざ植え付けられた女性は、別姓を求める事もあるわけです。
そうなればいざ結婚の段階でトラブルが生じる可能性があります。
伝統文化に逆らうというのはそういう事です。
あたり前に違うあたり前が加われば、そこに対立なり問題なりが生まれるのです。
自由の為にこの法律の導入を期待している人もいるわけですが、無駄な法律というのは逆に自由に結婚できたはずの所から自由を奪います。

あたり前をあたり前にしておいた方が、人は自由を感じられるのです。

今の氏名制度に対して、これは伝統文化ではないという人がいます。
明治から始まったものだからだというのです。
そしたらそもそも『近年にできた国』の伝統文化は、そうではないと否定するのでしょうか。
仮に百歩譲ってそうだとしても、今あたり前の事はあたり前なのです。
だから今の日本の家族制度、氏名制度は大切にしていく方が人々の幸せの為にはいいのです。
そしてだからこそ、逆に伝統文化と言っても問題はないでしょう。

あたり前の事が伝統文化なのです。

国家の役割は、国家国民を守り、国民が公平で自由な生活ができるように、伝統文化を大切にして法の少ない国家運営を目指す事だと、私は断言したいと思います。

ちなみに、伝統文化と言えども、時代に合わなくなったり、そもそも悪い所はかえていく必要があると思いますよ。
でもその時はきっと、国民の大多数がそこに疑問を持っているはずです。
逆に言えば、無理に波風を立てようとしている人がいるものは、そのままであるべきだと思いますので、無視するのが良いですね。

同じような内容ですが、別の視点で書いたものもありますので、合わせてこちらもお読みいただけると嬉しいです。
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