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2017年7月26日水曜日

障害者施設での大量殺害事件から1年になりました

障害者施設での大量殺人事件から1年だそうです。
テレビを見ていると、二度とこんな悲劇がおきないように、なんて言っていましたが、まあこんな報道をしていたのではなかなか難しいでしょう。

障害者への差別をなくしたい、なくさなければならない、というのは分かります。
でも、それをただ押し付けるだけだと、感情でそうは思わない人は、逆にこのような行動にでてしまう恐れがあります。
人間いくら綺麗事を言われても、感情面でどうしても納得できない部分はあります。
例えば某外国人を差別してはいけないと言われても、その国の人に何度も酷い目にあわされた人は、当然違う目で見てしまいます。
そこで思うわけです。
みんな本音を隠しているって。
だったら自分がなんとかしてやろうと思っても不思議ではありません。

認めなければならないのです。
差別意識はあると。
それでも、できるだけ相手の事を理解し、お互い上手くいく付き合い方を考えて行く事が必要なのです。

それにしても不思議なのは家族の反応です。
確かに家族が殺されたら悲しいのは嘘ではないでしょう。
だったらどうして施設に入れたのでしょうか。
仕事があるからやむなくですか?
私だったら大切な家族がもしもそうなっても、施設に入れるのはもう最後の手段ですよ。
気持ちとしては絶対に施設にいれようなんて考えません。
もう死んだものと考えなければならない時に限るのが家族ではないでしょうか。
 ※経験談

まあ本当に言葉通りなのかもしれません。
でもこうやって『嘘だ』とか『悲しいけれどホッとした所もあるんじゃないか?』と思う人もいるって事です。
でなきゃ施設になんて入れませんから。

本音は悟るけれど暗黙の了解程度に言葉に出さず、ただ黙って見ているのなら良いです。
そうして今までやってきているわけです。
でも執拗にメディアで綺麗事が報道されれば、逆の動きも出てくるのです。
最近の世界の動きもそうですよね。
あまりにも綺麗事ばかりが報道されるから、反発する人も増えるのです。

もう少し普通にしませんかね。
障害者の方は、確かに普通の人から見れば劣っている部分はあるし、それが社会の重荷になる事もあります。
ただそれは認めても、良い事だってあるのです。
障害を持った人から天才が生まれる事は多いですし、そういう人を支える事でより力を発揮し幸せになれる人もいます。
私の友人に、病弱な女性が好きだと言っていた人がいました。
誰かを支える事に生き甲斐を見出している人もいるのです。
でも、それを全ての人に押し付けてはいけません。
ただ、悪い事ばかりではなく、それを必要とする人もいれば、優れた人だっているという事実を理解してもらえばいいのです。

違うものは違うと認めなければなりません。
そのうえで認め合う事が大切なのです。

綺麗事だけじゃなく、事実や違いは素直に認める、そんな風潮がこういう犯罪をなくしていく為には必要なのではないかと思います。

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