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2017年2月14日火曜日

誰かと一緒に暮らすということはその分自由が無くなるということ

家族と一緒に暮らすようになって本当に思うのが、『自由が無い』ということ。
食事の時間は当然ながら、寝る時間、風呂の時間、トイレの時間、洗濯物を洗うタイミング、何もかもが決められた範囲内でなんとかしなければならないのです。

食事は特に困ります。
私は以前から色々な所で言っていますが、空腹になると腹痛になりガスがたまります。
だから完全な空腹にならないように食事を調整しなければなりません。
しかし食事の時間が決まっていると、それが難しいのです。
食事の時間は変えられないので、少し間食しつつ乗り越えなければならず、結局1日に食べる量が増える結果となってしまいます。

洗濯ものは色々な事情から親がやっているのですが、量が増えると大変なのでいつも決まった分しか洗いません。
自分のものを早く洗いたい場合は自分で洗うわけですが、それだけの為に洗濯機を回すのもなんだかもったいない気もします。
いっそ毎日全部自分でできた方が楽な所もあります。
※時間さえあれば

風呂のスケジュールも決まっていて、それに合わせられない場合はシャワーで済ますことになります。
それはそれでいいのですが、いつもと違うことをすると両親が心配します。
だからできる限り合わせないといけないのです。
事情を説明しても駄目なのです。

このように、もちろんその度合いは違ってきますが、誰かと一緒に暮らすとなると自由は減ってゆきます。
不都合も増えます。
それは国家単位であっても同じことなのではないかと最近思いますね。
日本は日本だけで世界の全てを決めることはできません。
他の国が地球上に存在する以上、必ずその分自由は失われていくのだろうと、つくづく思います。

ε===(っ≧ω≦)っ秋華

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